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時にアーティストとギャラリストのように(前編)

共創をめぐる対談──株式会社岡野 社主岡野博一さん・inventus株式会社 代表中西信人

時にアーティストとギャラリストのように(前編)

六本木一丁目駅からアークヒルズを曲がり、並木道に誘われるままに坂道を上がっていく。なかでもひときわ目を引く一面ガラス張りのギャラリーのような空間が今日の取材場所だ。

入り口から中を覗き込むと、上品な着物や帯が並んでいる。

扉を開けようとした時、「いらっしゃい」と元気な声が出迎えた。着物姿で現れた、株式会社岡野5代目社主 岡野博一さんだ。中西を見るなり、相好を崩しおしゃべりがはじまる。二人の絆を横目で確認しながら、促されるまま店の中に進んでいく。


コロナ禍で訪れた、博多織の織元をルーツに持つ着物ブランドの窮地

福岡県福岡市の主に博多地区で特産とされる絹織物で、日本三大織物の一つに数えられる博多織。

その織元の5代目に生まれ創業126年目の株式会社岡野(以下、ブランド名に合わせOKANO)を経営する岡野さんと、インベンタスを創業したばかりの中西が出会ったのは何年も前のこと。会えば経営哲学の話に花が咲き「資本主義の後に続くポスト資本主義」「経営とは何か」そんなことを語り合う仲だった。それががらりと変わったのは、コロナ禍がきっかけだった。

岡:織元としては異色の小売への進出を叶え、GINZA SIXに店舗を構えていたOKANO。業界の異端児と呼ばれ、小売への挑戦も上々でした。ところが、コロナ禍が降りかかると、状況は一転。銀座から人が消えてしまったのです。特にGINZA SIXはインバウンドと東京以外からの人が訪れる場所。膨らんで行く赤字を止める術もなく、非対面で着物を売る方法もわからず、中西さんに連絡しましたね。「4ヶ月でキャッシュアウトします」と。

中:GINZA SIXの賃料だけでかなりの額の赤字が毎月出ているのに、コロナ禍の終わりが見えない。あと4ヶ月で潰れるかもしれない状況で、岡野さんは銀行を回っている状態でした。一方、当時インベンタスは始まったばかり。OKANOの状況を聞いて、ボランティアで話を聞くのではなく、一緒に経営を背負うべきだと思いました。それで、「一緒にOKANOを背負います」と言って、共創を始めたのです。

岡:僕が役員を口説いて、中西さんに社外役員として役員会に入ってもらって、週に一度の経営会議にも出ていただくことになりました。

中:懐かしいですね。インベンタスにとって初めてのクライアントでもありました。


売り上げの7割を作る5%のロイヤルカスタマー

それでも当初はコロナ禍の終焉に希望的観測を持っていたという二人だが、その出口はなかなか見えなかった。そこでまず議論になったのが、東京からの撤退だ。膨大な家賃を考えて撤退を考える岡野さんに、「待った」をかけたのは中西だ。

岡:OKANOはやっと実現させた伝統工芸業界初のSPAモデル*。それが4ヶ月でなくなってしまうと考えると、夢にも出てくるレベルのストレスでした。会社を守るためには小売を切るしかないだろうと考えたのです。一方で、物を作ってもこの社会情勢では卸せないだろうとも思っていました。八方塞がりの状態だったのです。

*SPA(製造小売業)とは企画から製造、販売までを統合して行うビジネスモデルのこと。

中:店舗の運営に毎月合計500万円ほどかかっていましたから、物凄いプレッシャーを感じていたでしょう。岡野さんは会社を守るために小売事業を引き揚げ事業の主体をBtoBにしようと考えていましたが、僕がそれを止めました。

OKANOが持っている全てのデータを見せてもらい、分析をし直しました。顧客層、購買額のような店舗でとっているデータから、損益決算書(PL)や貸借対照表(BS)まで洗い出してみると、BtoBのビジネスをやっても負債が溜まる一方だということがわかったのです。しかも、それは岡野さんがやりたい方向ではない。

そこで、SPAモデルを維持する方法はないかと顧客情報をさらに分析すると、顧客の5%が売り上げの70%を占めていて、その半分が東京近郊に住んでいることがわかったのです。これを再生の手がかりにすることにしました。

岡:あの時はたくさん議論をしましたね。その中で、中西さんのこの分析結果には驚きました。売り上げを作っている顧客が偏っていることは肌感覚で予想はしていましたが、ここまでだったとは。

OKANOの売り上げの70%を作る、5%のロイヤルカスタマー。その本音を探る長い旅が始まった。

後編に続く。

時にアーティストとギャラリストのように(前編)
PM:Asuka Morita
Photograph: Koh Degawa,
Text: Koh Degawa

INFORMATION

住所東京都港区六本木1-3-41 アークヒルズサイド1F
営業時間営業時間11:00~19:00
関連リンクhttps://okano1897.jp/

PROFILE

時にアーティストとギャラリストのように(前編)

岡野博一

代表取締役社長

1971年、福岡県生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、人材コンサルティング会社設立。
26歳の時に、本家が営んでいた博多織元を買受、代表就任。廃業寸前の現場に直面し、伝統工芸再生に使命感を持つ。
アーティストをプロデュースする株式会社風土代表、有田焼開祖の系譜を受け継ぐ李参平窯顧問、博多織工業組合理事長なども務める。アーティスト小松美羽と有田焼をコーディネートし、その作品が大英博物館に収蔵され、伝統工芸と現代アートの融合の可能性を追求する。欧米の伝統工芸を由来とするラグジュアリーブランドの世界的成功事例を学び、伝統工芸の再起のヒントを得る。博多織をルーツとするOKANOをGINZA SIXなどへ出店、世界ブランド化への起点をつくる。
日本最初の禅寺、日本最初の密教寺院の袈裟や織物アートの制作なども自ら手がける。
HP: https://okano1897.jp/

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